すが雑談

菅波栄純。1979年10月16日生まれ。福島県出身。 結成20年を経て活動中のバンドTHE BACK HORN所属。 ギタリスト/作詞作曲者。お仕事のご依頼はこちら eijun@ve.jvcmusic.co.jp 人生は結局喜劇だと思う。

親父の部屋から見た景色

うちの親父は一見恐ろしく、何考えてるかわからないが面白いひとであった。

親父の部屋は我が実家の一番奥にあった。とはいえそれは、おれがいつも出入りしていた裏の玄関とその近くの子供部屋からの印象であって、お客さんなどが訪れる表の玄関からみれば、家に入ってすぐの右側にあった。クレイジーな親父の部屋をよくも客人をもてなす玄関脇に設置したな、と思うがそれは死んだじいちゃん(親父にすれば父ちゃん)の部屋を譲り受けたのであってしょうがないとも言えた。

我が実家というのは偉大なじいちゃんとばあちゃんが血ヘドを吐きながら昭和の時代に働いて建てた、歴史ある平屋建ての住居だ。いつだかの台風で吹っ飛んだが小さな門が元々はあり、中に足を踏み入れると年に一回植木屋さんを呼んで手入れをしていたきれいな庭があり、ばあちゃんが一人で住む家が土地内にあり、ばあちゃん家の玄関の正面に実家の表玄関が向かい合ってるというつくりであった。

そして表玄関の脇には親父の部屋の窓があり、親父はよくそこからばあちゃん家の方を眺めてタバコを吸っていた。親父はタバコが似合う。浅黒い肌にティアドロップ型の眼鏡、ふさふさとしてはいるが真っ白の髪。まるでハードボイルドな殺し屋のコスプレみたいだった。

おれはその日、そんな親父の姿を庭からヤクルトを飲みつつ観察していた。「ばあちゃん(親父にとっては母ちゃん)も年だし、おれも大黒柱としてしっかりしなきゃいけねぇな」とか、自由人である親父もさすがに考えるところがあるのだろう、大人は大変だ、などと思っていた。

親父はふいっと部屋の奥に引っ込んだ。そしてくわえタバコで再び現れた親父の手にあったのはスナイパーライフルだった。

親父は中腰の姿勢になると狙撃銃の先端を窓から外に突きだしたのだ。そしてスコープを覗き、照準を定め、発砲した。

もちろんエアーガンだが、当たったらめちゃくちゃ痛そうな速度でBB弾が放たれた。そしてその方向にはもちろんばあちゃん家があった。実の母親であるばあちゃん家の玄関脇の白壁をガンガンに撃ちまくる親父。表情からはなんの感情も読み取れない。ばあちゃんへの秘めたる恨みなどは無さそうだった。
時々白壁を這った草のツルを弾き飛ばしながら弾道が徐々に一定になっていく。そこでおれは気づいた。

ばあちゃん家の白壁の中央ぐらいに入ったひび割れ。そこを親父はライフルで狙っているのだ。
ついに一発命中するとひび割れが弾丸の分だけ欠けてBB弾がばあちゃん家の壁にめりこんだ。

そこでやめると思ったが親父はそのBB弾を目印に弾切れまで射撃を続けた。

途中で買い物から帰ってきたばあちゃんが庭に立ち止まり親父の行動を眺めていたが、何を言っても無駄という顔で、銃撃され続ける自分の家に入っていった。

そもそもおれはそのときまで親父がエアーガンを持っているのを知らなかったが、あまりにも親父の風貌にスナイパーライフルが似合っていたため「あの見た目なら持ってるよな」という謎の納得感さえあったかもしれない。

実の母親の家を眉一つ動かさず狙撃する親父は、やはりハードボイルドだな、とおれは思った。

 

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